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真面目ブログ

バカが考えたことをバカなりに真面目に書くブログ

「おもしろい」ってなんやのん。という話

世の中色んなおもしろさがある。人間、いろんなものにおもしろさを感じるものだ。
色々ありすぎて本当にわけがわからん、ようでいて、おもしろさの根本をたどっていけば、底にあるおもしろさは案外普遍のものだったりもするし、やっぱりわけが分からなかったりもする。
結局の所、わけわからん。けどそのほうが、おもしろい。

だっておもしろさの中身の全部が解明されちゃったら、それはそれでおもしろくないじゃん?

ただあんまりワケが分からな過ぎるのも、おもしろいものを作ろうとした時に困るので、俺が無い頭絞って考えた「なんとなくこれがおもしろいんじゃねえかな?」と思ったものを本当に大ざっぱにボ~~ンヤリまとめていくことにする。


ここでは主にゲームとおもしろさについて語る。

ざっくり言って、人間が本来持っている欲求が満たされた時に「おもしろい」と感じる。のでないか。そして、仮想の世界観の中で人間が持っている欲求を満たすのがゲームだ。

と、大ざっぱに決めつけてみる。





発見・気付きのおもしろさ

人間、なにかを発見した時、なにかに気付いた時、おもしろいと感じる。ようだ。
気付きのおもしろさとは、つまりは知的好奇心を満たす楽しさだ。なんで知的好奇心が満たされるとおもしろいと感じるかというと、
知らん。分からん。
別に俺は哲学者でも科学者でもないので、勘弁してちょ。

このおもしろさには、本当に色んな形がある。
知らないことを知る。見たことないものを見るという楽しさなので。本質的に無限だ。
小説も映画もゲームもスポーツも勉強も、発見があるから楽しい。
RPGゲーム、まあ例えばドラクエの「発見・気付き」で言えば、新しい街、アイテムを発見した時。登場人物。物語。新しい攻略法。新しい道。新しい敵。新たな技。魔法。以下略。などだ。

共通するのは、「新しい」ということだ。
面倒なことに人間は一度やったことは覚えちまうもので、幼児の知育ゲームは、幼児にとっては「気付き」だが、大人にとっては退屈だ。

そして、「気付き」までの道のりが困難であるほど、気付いた時の快感が大きい。
簡単ななぞなぞより、むずかしいなぞなぞを解けた時の方が快感だべ?
ただ闇雲に難しければ良いってモンではなく、答えが不合理なものであってはならない。
まさしく「気付き」で、解いた人が「そうかそこを見落としていた!」ってなる「気付き」が、良い気付きだ。



RPGゲームでいう「気付き」の難易度というのは、
簡単なものなら、「隣の町」「その辺に落ちてるアイテム」「住民Aの話」とかで
難しいもので「隠し扉」「隠しアイテム」「強いボスの攻略法」「新たな戦略」とかだろう。

良い感じの数の「気付き」を、良い感じの難易度で、良い感じの頻度与えるのが、良いゲームの特徴のひとつだと思う。


リズムのおもしろさ

音楽って良いよな。ここち良い感じのリズムやメロディーを聴いたり感じたりするのは楽しい。
良い感じのリズムの繋がりが、良い感じのメロディーになり。それを聞くと良い感じになる。
これも何で楽しいのかは分からんし、知らん。

当然ゲームでもリズムは使われる。
リズムとゲームと聞くと、単に「音ゲー・リズムゲー」とかが連想できるが、ゲームでいう「リズム」というのは、音ゲーだけの話ではなくて、もっと幅が広い。

音ゲーというのは、ざっくり言えば、音楽のリズムに合わせて何かアクションをして音を鳴らしたりするゲームだ。一般的なのは画面の上から音符が落ちてきて、良い感じのタイミングでボタンを押すと、音が出るタイプのゲーム。こんなんhttps://www.youtube.com/watch?v=FNUxrZfDeNg

もちろん音ゲーもリズムを使ったゲームのひとつで、ゲームの中でも「リズム・メロディー」に特化・純化したゲームだといえる。


音ゲーとは純化されたシューティングゲームだ」という説がある。


一般的な縦スクロールシューティングゲームのタイプというのは、自動でステージが進んでいき、あるタイミングで敵が現れて、その敵に対してのアクションをする。というような感じだ。

よく考えたらこれは音ゲーと似てると思わね?

音ゲーの場合、ステージというのは1つの曲だ。当然、自動で流れるし止まらないのは、縦シューティングゲームと同じ。
音ゲーでいう落ちてくる音符は、シューティングゲームで言う敵キャラと等しい。
音ゲーはあるタイミングでボタンを押して音を鳴らし、シューティングゲームはあるタイミングで出てくる敵をボタンを押して破壊する。


「つまりシューティングゲームとはリズムゲームだったんだよ!!!!!」


え、そうなんですか。
まあ本当にそうかは知らないが。どちらもステージが自動で流れ、決められたリズムでアクションを起こすべきタイミングがくる、という点で言えば、似てるといえば似ている。
違いは、音ゲーでは純粋に完璧なリズムでアクションを起こす、シューティングゲームは、もう少し大きなリズムの流れを感じながらプレイする、という感じだろう。

シューティングゲームのステージは、全体的に見ると、一つの曲のようになる。と強引にこじつけてみよう。
シューティングゲームが1つの曲だとするならば、大切なのは、音ゲーや音楽と同じ、心地よいリズムと、リズムの連なりであるメロディーだ。
つまり、敵キャラクターが、どのぐらいのテンポで現れるか、ここは抑え目にしておいて、この辺から徐々に盛り上げていくか、ここで急にテンポを変えるか。そういったリズムの集まり。それが全体通して見るとメロディーのようになっている。

音楽と同じように、メロディーが心地良いかどうかが、シューティングゲームでの面白さの重要な部分になる。良いシューティングゲームには、良いメロディが流れている。ということだ。妙にシャレオツな表現だな。


抑える・盛り上げる、テンポ、メロディだの、そういうのを、も~~~っと拡大解釈していくと、もう何にでも当てはまる。
映画だって小説だってマリオブラザーズだって、大きく見ればメロディだ。
マリオブラザーズのステージは、と~~~~~~ってもうまく構成されたメロディーなので、すごくおもしろいし。飽きさせない。その辺のクソゲーがおもしろくないのは、やはり全体に流れるメロディーがなっとらんのが一因であったりもする。



動きのおもしろさ

スポーツっておもしれえよな。苦手な人もいるかもしれんけど、適度に体を動かすのは楽しいものだ。
学校の授業でも俺は体育が一番成績よくて後はムチャクチャ悪かった。まあそれは置いといて。
あと爆発っておもしれえよな。古今東西B級アクション映画のお約束は大爆発だ。
それはやっぱり、見てておもしれえからだ。

この二つをくっつけたのがアクションゲームだ。

体を動かす面白さというのは、体を動かしたことによって返ってくる反応による所が大きい。と、今でっちあげた。野球でいえば、バットを振って、ボールが飛んでいった時の、手応え、「カキーン」っていう音とか、遠くへ飛んでいくボール。そういう諸々の反応がもたらす快感だ。そして、上手に体を動かせるようになればなるほど、より良い反応が返ってきて、快感も増える。

爆発のおもしろさってのは、カタルシスだ。溜めて溜めて溜めこんだ鬱憤を解放する楽しさ。日常の常識をぶっ壊してくれるおもしろさ。爆発はそのメタファーだ。(ところでカタルシスとかメタファーって何?)要は自分の生活じゃありえねー何かを、映画で爆発を見ることで解消するわけだ。

ざっくり言って、動きのおもしろさというのは入力に対する反応だ。

アクションゲームでいう動きのおもしろさというのは、仮想世界での自分の体(キャラ)を動かし、アクションを起こすことで、爆発が反応として返ってくるということだ。おもしろいだろ、そりゃ。
仮想世界だから、爆発は起こし放題。それが現実のスポーツとの違いで、ゲームの利点でもある。


究極的には、ボタンを押したら画面がホントに爆発するだけでもそこそこおもしろい(かもしれない)
ただ、それはすぐ飽きるだろう。
なぜなら、爆発ってのは溜めた鬱憤を解放する楽しさで、いつでも常に爆発しっ放しってのは、おもしろくもなんともないからだ。

だから、アクションゲームでは爆発に至るまでの過程を、ちょっと工夫する。
うまくアクションができた、という時に、爆発が起こるようにするわけだ。
そして、アクションがうまくなっていくほどに、爆発も大きくなっていくようにすると、より気もちいい。
野球もバットの振り方がうまくなっていけば、ボールがうまく飛ばせるようになるべ?(俺あんまり野球やったことないけど)

王道のジャンプアクションゲーム、まあ、マリオで言えば、アクションは「ジャンプ」で、爆発は「敵キャラを踏んだ時の反応」などだ。
もっと分解すれば、「ボタンを押す」というアクションに「ジャンプ」という小さな爆発が生まれて、「敵を踏んだ時」に更なる連鎖爆発が生まれる。という風になる。
そして、敵の配置や、ステージそのものの難易度を適度に上げていくことで、と「アクションの上達」と「爆発までの溜め」を演出する。って、ワケだ。

アクションの上達やら爆発までの溜め時間を調整するっていうのは、「動きの面白さ」ってよりは、もうちょい大きなゲームデザインとかの問題なので、ここでは置いておくとして、もうちょい細かい「動きの小気味よさ」と「爆発の気持ちよさ」について語る。

まずは動きの小気味よさ。
バットを何百回振ってもボールに一回も当たらない人が野球がつまらないのは当然だ。
アクションゲームでも、キャラクタが思う通りに動かない、言う事をきかないし、なんかヘンな動きするし、どうやっても上達しようが無い。理不尽。みたいなゲームは、大概クソゲーだ。
自分の思った通りに動くこと、まずはそれが第一だ。
そしてアクションゲームでは、キャラの動き自体が、小さな爆発でもある。
頭で思った通りに動き、それが気持ち良く感じること。それが動きの小気味よさだ。


そして、爆発の気持ちよさ。
まあ要はショボい爆発は見てもつまんないのだ。
鬱憤を溜めて溜めて溜めこんだのに、期待してた爆発がショボイんじゃつまらない。
何回も練習して頭で描く通りにバットを振って、ボールの真芯を捉えたが、ボールじゃなくてポップコーンだった。みたいな。ほぼ手触り皆無、みたいな。最悪だべ。あるいは鉄球でも最悪。超痛いから。
見てて気もちいい爆発が良い爆発だ。
ゲームで言えば、大事なのはグラフィック、そしてもう一つ大事なのは「ありえねー」だ。
爆発とは、日常では「ありえねー」ものを見る快感で。格闘ゲームで相手をボコボコにするのが楽しいのは、やっぱり現実では「ありえねー」からだし、自分ではできない「ありえねー」動きを架空の空間で、自分のキャラクターにさせるのが、楽しいゲームだ。




コミュニケーションのおもしろさ

コミュニケーションっておもしれえよな。俺苦手だけど。
昔、コミュニケーション検定とかいう検定をシャレで受けたら、思いっきり落ちたけど。
とりあえずおもしろいよな。

さて、人と話したり遊んだりするのもコミュニケーションだし、戦ったり競い合ったりするのもコミュニケーションだ。自分とは別の相手となんらかの方法で意思疎通するのが、コミュニケーションってことにしよう。

人間誰しも「自分を知ってもらいたい、相手を知りたい」とか「人からよく思われたい・人より優位に立ちたい」だとかいった欲求を持っているもので、この欲求を解消するのが、コミュニケーションのおもしろさだ。

ゲームとの関係は根が深~い。
「ゲームの本質はコミュニケーションツールだ」と言ってる人もいる。
当然コミュニケーションを主としたゲームも沢山ある。

ボードゲームやトランプを使ったゲームは、コミュニケーションツールとしてのおもしろさの割合が大きい。
戦略性や、パズル的、ギャンブル的なおもしろさも、もちろんあるが、多くはコミュニケーションのおもしろさだ。と思う。

例えばババ抜きからコミュニケーション的要素を抜き取ってみたらどうなるか。相手は全員コンピュータだ。ものすげーつまんない。ギャンブル要素しかないただの運ゲーだ。
ババ抜きは、相手があって初めておもしろいゲームだ。ババを取ったり取られたりしてプレイヤーの反応を楽しむのが本質で、ギャンブル要素はゲームをおもしろくするためのスパイスだ。

ボードゲーム。オセロや将棋やチェスだとか言った戦略性のあるゲームも、これも半分ぐらいはコミュニケーションの面白さが主だ。と思う。
ボードゲームの戦略性には「この場合にはこれが定石」といった、論理的・パズル的な要素もあるだろうが、「次に相手がどう出てくるか」「どうすれば相手の意表をついて、出し抜けるか」という読み合いの要素もある。読み合い自体も楽しいし、読みが的中した時は楽しいし嬉しい。常に相手のことを考えとるワケで、これも立派なコミュニケーションだ。

そしてどんな対戦ゲームにも共通するのが「勝った時のおもしろさ」だ。これも「人より優位に立つ」という欲求の解消で、コミュニケーションのおもしろさのひとつだ。

俺、コミュニケーション苦手なんで、この辺で終わりでいいですか?









さて

他にも

・ランダム性のおもしろさ

・報酬のおもしろさ

・強くなるおもしろさ

とか考えてたんだけど、いい加減長くなってきたので、一旦切ります。疲れちゃったから。眠くなっちゃったから、俺。


まあ長々書いたけど、まだ他にもおもしろいもの沢山あるし、結局おもしろいって何なのかワケが分かりません。
だいたい「おもしろいとは何か」なんて考えて書いちゃってるような奴は大概おもしろくないやつです。そいつ多分おもしろくないです。やかましわ。

ただ、何かおもしろいものを作るときの、考えの指標の一つぐらいになればいいかなぐらいのつもりで、書きました。

以上です。終わりです。終わり終わりーーー!終わりだーーーーーーー!!!帰れーーーーーーーー!!!何だお前たちはーーーーー!!!!!